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2026.02.22|経営・マーケティング
新しい事業を立ち上げるとき、発起人であり責任者でもある経営者が強い情熱を抱くのは、ごく自然なことです。しかし現実には、事業は市場環境や競争状況、組織体制などさまざまな要因の影響を受け、必ずしも思い描いたとおりに成長するとは限りません。
そうした局面に立ったとき、「やめる(撤退する)」という判断を下せる経営者は決して多くありません。自ら始めた取り組みであるほど、思い入れや責任感が強く働き、決断は難しくなります。しかし経営においては、「何を始めるか」と同じ、あるいはそれ以上に「何をやめるか」が重要な意思決定となります。撤退の遅れは、資金や人材といった限られた経営資源を消耗させ、結果として会社全体を危機にさらす可能性もあるからです。
本記事では「やめる決断」をテーマに、その背後にある心理的な障壁を整理するとともに、実務に活かせる判断基準や、組織として適切な撤退判断を根づかせるための視点について、できるだけわかりやすく解説していきます。
目次
事業に限らず、「やめる」ことを苦手とする人は少なくありません。では、なぜ私たちは撤退を決断できないのでしょうか。その大きな要因のひとつが「サンクコスト(埋没費用)の罠」です。これは、すでに投じたお金や時間、労力を惜しむあまり、合理的な判断ができなくなる心理的バイアスを指します。「ここまで投資したのだから、もう少し続ければ取り戻せるはずだ」「今やめるのはもったいない」という思いが、撤退の決断を鈍らせてしまうのです。
しかし、過去に費やしたコストはすでに回収不能です。意思決定の基準とすべきなのは、「これから先、価値を生み出せるかどうか」であり、過去の投資額ではありません。将来の可能性ではなく、過去の努力に引きずられると、判断は次第に非合理なものになります。
しかし、過去に費やしたコストはすでに回収不能です。意思決定の基準とすべきなのは、「これから先、価値を生み出せるかどうか」であり、過去の投資額ではありません。将来の可能性ではなく、過去の努力に引きずられると、判断は次第に非合理なものになります。
その典型例としてよく挙げられるのが、写真フィルム事業で世界的に成功を収めたイーストマン・コダックです。1975年、同社のエンジニアは世界初のデジタルカメラを開発していました。しかし、長年にわたり築いてきたフィルム事業への巨額投資と安定した収益基盤を手放す決断ができず、本格的なデジタル化への転換を先送りしました。その結果、デジタル化の波に乗り遅れ、2012年には経営破綻に至ります。「これまで積み上げてきたものを壊せない」という心理が、時代の変化への対応を遅らせた象徴的な事例といえるでしょう。
さらに、日本の経営文化には「やめる=失敗」という認識が根強く残っています。従業員や取引先への配慮、社会的評価への意識が強いほど、「もう少し様子を見よう」という先送りの姿勢が生まれやすくなります。しかし、不採算事業を抱え続ければ、限られた人材や資金といった経営資源は徐々に消耗し、企業全体の競争力は静かに損なわれていきます。傷は小さいうちに手当てしなければ、やがて深刻な問題へと発展します。
加えて、組織の構造そのものが「やめにくさ」を生むこともあります。特定の事業に専任チームが置かれ、評価制度が事業の継続と結びついている場合、現場から撤退や縮小を提案する声は上がりにくくなります。誰もが自らの努力や成果を否定されたくないからです。
さらに厄介なのは、過去の成功体験への執着です。かつて大きな成果を上げた事業や手法は、環境が変化しても「自社の強み」として守られがちです。しかし、市場は常に動いています。「以前は通用した」という理由だけで続けている事業があるとすれば、それは最初に再検討すべき対象かもしれません。
「やめる」という決断が企業を再生へと導いた代表的な例として挙げられるのが、日立製作所です。2009年、同社は当時の日本の製造業としては過去最大規模となる約7,873億円の最終赤字を計上しました。長年にわたる事業の多角化により、経営の焦点が定まらなくなっていたことが大きな要因でした。家電、重電、IT、素材など幅広い分野に展開する一方で、それぞれの事業が十分な相乗効果を生み出せず、結果として経営資源が分散していたのです。
こうした状況を打開するために、日立製作所が踏み切ったのが大胆な「やめる」決断でした。薄型テレビ事業、ハードディスク事業、半導体事業など、不採算あるいは中核とは位置づけにくい事業を次々と売却・撤退。代わって、「社会イノベーション事業」と呼ばれるインフラ、エネルギー、デジタルソリューション分野へと経営資源を集中させていきました。
この選択と集中の徹底により、同社の業績は大きく回復します。収益構造は改善され、株価も上昇。現在では、グローバルに展開するIT・社会インフラ企業として確固たる地位を築いています。
ここで重要なのは、撤退した事業が単なる「失敗」だったわけではないという点です。それらは長年にわたり企業を支えてきた主力事業でもありました。しかし、将来の成長可能性を冷静に見極めたとき、限られた経営資源を投じ続けるべき領域ではないと判断したのです。この決断こそが、次の成長への道を開きました。
「やめる」とは、過去を否定することでも、価値を捨て去ることでもありません。未来に向けて資源を集中させるための、戦略的な選択なのです。
では、撤退の是非はどのような視点で判断すべきでしょうか。感情や場当たり的な議論に流されないためには、あらかじめ複数の基準を持っておくことが重要です。ここでは、実務に活かしやすい5つの視点を整理します。
最も明確な指標は収益性です。赤字が続いているかどうか、投下資本に見合うリターンが得られているかといった事実を直視することが出発点になります。「何期連続で営業赤字になった場合は再検討する」など、あらかじめ数値基準を定めておけば、判断が個人の思い入れに左右されにくくなります。数字は、ときに冷酷ですが、同時に公平でもあります。
次に問うべきは、その事業が自社の中長期戦略と整合しているかどうかです。自社の強みや目指す方向性と結びついているのか、それとも惰性で続いているだけなのかを見極める必要があります。「始めた当初は意味があったが、今は位置づけが曖昧になっている」という事業は、戦略的役割を終えている可能性があります。
市場環境の変化も重要な判断材料です。市場そのものが縮小傾向にある場合、個社の努力だけで成長を実現するには限界があります。将来の市場規模を見通し、その中で自社が獲得できる現実的なシェアを掛け合わせてみると、期待できる売上や利益の水準が具体的に見えてきます。楽観的な予測ではなく、保守的な前提で試算することが肝要です。
見落とされがちなのが機会コストの視点です。ある事業を続けるということは、人材や資金、時間といった限られた経営資源をそこに固定することを意味します。その資源を他の成長分野に振り向けた場合、どれほどの価値を生み出せるのか。この問いを真剣に考えることで、「続けること」の本当のコストが浮かび上がります。
最後に重要なのが、やめ時を事前に定めておくことです。事業開始時は比較的冷静に判断できますが、走り出した後はどうしても感情が入り込みます。だからこそ、新規事業やプロジェクトを立ち上げる段階で、「どのような状態になれば撤退するのか」を明文化しておくべきです。たとえば「〇年後に黒字化していなければ撤退する」といった一文を、事業計画書にあらかじめ盛り込んでおく。こうした習慣が、サンクコストの罠を回避する防波堤になります。
なお、これら5つの基準は単独で用いるよりも、複数を組み合わせて検討することが望ましいといえます。収益性だけでなく、戦略との整合性や市場の将来性、機会コストまで含めて総合的に見直すことで、「本当に続ける根拠があるのか」を多面的に検証できます。精度の高い意思決定は、こうした冷静な問い直しの積み重ねから生まれるのです。
「やめる」という判断を、経営者個人の度胸や直感だけに委ねていては、どうしても感情や思い入れが影響し、最適なタイミングを逃しがちです。継続的かつ冷静に撤退を判断していくためには、意思決定を支える“仕組み”が必要になります。
たとえば、経営会議の定例議題に「やめる候補の検討」を組み込み、一定の周期で事業ポートフォリオ全体を棚卸しする方法があります。始める案件だけでなく、「見直すべき案件」を意識的に議論の俎上に載せるのです。「やめることリスト」をあえて作成する機会を設けるだけでも、組織の思考は前向きに変わります。やめることが特別な出来事ではなく、通常の経営プロセスの一部になるからです。
さらに重要なのは、撤退の決断を組織として肯定的に評価する姿勢です。やめることを失敗や敗北と捉える文化が根づいていると、現場からは本音の問題提起が上がりません。リーダー自らが「あのときあの事業をやめたからこそ、今の成長がある」と語ることで、撤退は“逃げ”ではなく“戦略的選択”であるという認識が共有されます。その積み重ねが、建設的な提案を生み出す土壌になります。
また、撤退後の社内外への丁寧なコミュニケーションも欠かせません。事業に携わったメンバーへの感謝を明確に伝え、そこで得られた知見や経験を言語化して共有すること。そうすることで、撤退は単なる終了ではなく、「組織の学習」として位置づけられます。経験が資産として蓄積されれば、次の意思決定はより迅速かつ的確になります。
「やめる決断」を武器にできる組織とは、撤退を恐れるのではなく、未来への集中のための選択として扱える組織です。その文化と仕組みを整えることが、変化の時代における競争力の源泉になるのです。
経営において「やめる」ことは、決して後退を意味しません。むしろ、何かを手放すからこそ、新たな選択肢が見え、次の扉を開く余地が生まれます。限られた経営資源を未来に向けて再配置するという点で、撤退は極めて前向きな行為です。経営者にとって撤退する勇気は、新しい挑戦に踏み出す勇気と同じだけの重みと価値を持っています。
私たちは往々にして、「なぜ続けるのか」という理由を探そうとします。しかしその前に、「どのような状態になればやめるのか」という基準を持つことが、より強い意思決定につながります。あらかじめ判断軸を定めておくことで、感情に左右されない経営が可能になります。
手放すことを恐れない姿勢こそが、次の成長を呼び込む。そこに、変化の時代を生き抜く経営の本質があるのではないでしょうか。

AUTHOR天野 勝規
株式会社まほろば 代表取締役
士業専門のホームページ制作会社「株式会社まほろば」の代表取締役。大阪教育大学 教育学部 卒業。総合小売業(東証プライム上場)、公益法人での勤務を経て29歳で起業。
独立開業時の集客・顧客開拓に関する相談から、年商数億円規模の事務所のマーケティング顧問まで幅広い対応実績。15年間で3,000事務所以上からご相談・お問合せ。
ホームページを活用しつつも、SEO対策だけに頼らない集客・顧客開拓の仕組みづくりを推奨している。
【保有資格】
社会保険労務士、年金アドバイザー2級
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